春恋花



「本当に、麻衣はよかったんですの?」

ぽろりと、本当にぽろりと零れてしまった言葉に一番驚いたのはそれを口にした真砂子自身だった。

―― 日曜日の午後のカフェ。

春先で天気も良い絶好のデート日和の店内は仲の良さそうなカップルの姿がちらほら見える。

もちろん、麻衣と真砂子のような女の子の二人連れも珍しくはないが、実は前者の『仲の良さそうなカップル』+αであると気付く者はいない。

なぜなら『仲の良さそうなカップル』の片方は普通の人間には見えないからだ。

そもそも真砂子がここへ入ってくるきっかけになったのは、カフェの中で『一人』でお茶を飲んでいた麻衣が通りがかった真砂子に手をふったせいだった。

今では友達と呼んで差し支えないほど仲良くなった麻衣の姿に真砂子は微笑んでカフェの中に入って・・・・そしてもう一人の姿に気が付いた。

今は麻衣と真砂子の間にテーブルを囲むようにして立っている真砂子の思い人と同じ顔をした青年、ジーンの姿に。

たぶん、麻衣は真砂子が入ってくるまで『一人』でこのカフェでお茶を飲んでいたんだろう。

麻衣自身にも見えない『恋人』と。

そんな事を考えていたから世間話に興じていて、ふと会話が途切れた時に言葉が零れてしまったのだ。

妙に気まずい思いをしながら真砂子が飲みかけたカップを元の位置にもどして麻衣を見ると、彼女はきょとんっとした顔をしていた。

「よかったって何が?」

「何がって・・・・」

「??」

本当にわからない、という顔をされてしまって真砂子のほうが戸惑う。

「貴女の・・・・恋人の事ですわ。」

このままなんでもないと誤魔化してしまおうかとも考えたが、真砂子は結局口にした。

口にしてから真砂子は俯いてしまう。

怒るか、暗い顔をするか、と思うと自分で投げかけておきながら酷いことをしている気分になったのだ。

天気もいい、こんな幸せな午後の時間をわざわざ壊すような真似をなぜするのだろうと、自分でもそんな気になった。

しかし。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・麻衣?」

あまりに沈黙が長いのでさすがに堪えきれずに真砂子が顔を上げると ―― 予想に反して麻衣は酷くびっくりした顔でこちらを見ていた。

「麻衣?」

「あ、ごめんごめん。まさか真砂子にそんな事を言われると思わなかったから。」

「・・・・無神経な真似をしましたかしら。」

ちらっと真砂子が見たのは二人の間にいるジーンだ。

麻衣自身には起きている時には姿は見えないらしいが、気配と声は聞こえているようだから彼がここにいるのもわかっているだろう。

しかし麻衣はぶんぶんと首を振った。

そしていつものようににぱっと笑った。

「ううん、全然。だって真砂子、心配してくれたんでしょ?」

「・・・・そういう事になりますかしら。」

若干間が空いたのが気に入らなかったのか麻衣は「ええ〜」っと大げさに抗議の声を上げた。

「心配してくれたんでしょ?だって坊さんとか綾子とかにも言われるから。」

(滝川さんと松崎さん・・・・)

麻衣を可愛がっている筆頭の二人の名前に真砂子は軽くため息をついた。

あの二人なら麻衣可愛さに言うかも知れない。

―― と、思って真砂子ははたと気が付いた。

(思わず言ってしまったという事は私もあのお二人のように麻衣を思っている事になってしまうのかしら。)

なんだか不本意なような、くすぐったいような気分で麻衣を見て真砂子は苦笑した。

「そうかもしれませんわ。だって貴女、いつも頼りないんですもの。」

「えー?酷いなあ。これでもしっかりしたってジーンには言われるのに。」

「・・・・参考までに聞きますけれど、どのあたりがですの?」

「うーんと、危ない場所に行かなくなったって。」

「・・・・・・・・・・それはしっかり以前に生物として欠けていた本能が一応働きだしたというだけの話ではなくて・・・・・・・・?」

「えっ!?ひどっ。」

真砂子の突っ込みにショックを受ける麻衣を見ながら真砂子は深々とため息をついてしまった。

それを見ていた麻衣がクスクスと笑いだした。

同時にさざめきのような笑い声も真砂子の耳に届く。

現実の人間のものではないその笑い声の出所が確かめずとも分かって、真砂子は顔を顰めた。

「なんで『二人』とも笑うんですの。」

「だって。」

笑うことを止めないまま、麻衣はジーンの方を見る。

刹那 ―― 真砂子は息をつめた。
















見つめ合ったように見えたのだ・・・・生と死の境界の狭間に儚く在る恋人達が。
















それはあまりにも自然で、当たり前のようで、真砂子は言葉を失った。

そんな彼女に気が付いていないのか、麻衣はにっこりと笑う。

「大丈夫だよ、私もジーンも。」

それは呑気だといわれる彼女にふさわしい、一点曇りもない笑顔だったけれど。

「麻衣・・・・」

「大丈夫。坊さんにもね、言われたの。霊を好きになって死にたくなるなんて事にならないかって。でも」

麻衣はジーンに向けていた瞳を真砂子に向ける。

「でも大丈夫。だって私はジーンが好きだから。」

麻衣が言い切る言葉に嘘は欠片もない。

だからこそ、滝川も心配でならなかったのだろうと思った。

好きな相手とふれあえないのは辛い事に違いないから。

けれど麻衣は笑って言う。

「ジーンは私に死んで欲しくないって言うから。確かにね、ジーンが普段は見えなかったり触ることが出来ないのって辛いけど、でも死にたいとは思わない。
だって、死んで幸せになれるなんておかしいでしょ?」

真砂子は頷いた。

「ええ。私は輪廻転生を無心に信じている方ではないから、余計にそう思いますわ。」

生まれ変わって幸せになる、など荒唐無稽もいいところだと真砂子は思っている。

子どもの頃から迷い苦しむ霊を見続けてきた真砂子には肯定出来ない。

「そうなんだよね。だから私は死なないの。結局はいつか死ぬんだし。その後、生まれ変わって今度はジーンと生きているうちに出会えるとしても、焦ることないって。だってね」

麻衣は目を細めて穏やかに、そして確かに幸せそうに言った。

「私はジーンが好きだから。」

繰り返しになる言葉を聞いた瞬間、真砂子は惚気られたと思った。

さっきまでの心配も不安も忘れさせるほどに。

なぜならジーンが ――

「・・・・わかりましたわ。」

そう言って真砂子はさっき置いたカップを取り上げて紅茶を口に運んだ。

唐突に始まって唐突に終わった話に麻衣が戸惑っているのは気が付いていたけれど、それは無視しておくことにして。















「あー楽しかった。」

あの後ひとしきりおしゃべりをしてカフェを出た所で麻衣は大きく伸びをした。

その仕草を呆れたように見ながら真砂子も答える。

「すっかり時間を使ってしまいましたわ。」

「えー?楽しくなかった?」

「・・・・まあ、それなりには。」

「ふふん、素直じゃないなあ。」

クスクス笑う麻衣に真砂子はぷいっと顔を背ける。

「では、私はこれから寄るところがございますから、失礼しますわ。」

「そうなの?うん、じゃあまたね。」

手を振る麻衣に真砂子は背を向けて・・・・歩き出す前に振り返った。

「?」

急に振り返ったのに驚いたのかきょとんとする麻衣が目にうつる。

しかし真砂子が見ていたのは、その彼女の隣。

ナルはけしてしない柔らかい笑みを浮かべたジーンを見据えて、真砂子は言った。

「不幸にしたら許しませんわ。」

「へ?」

目をしばたかせる麻衣の横でジーンは少し驚いた顔をしていた。

その後の返事も待たず真砂子は踵を返す。

「失礼しますわ。」

今度は歩き出しながら真砂子は小さくため息をついた。

(返事などいりませんわ。)

不幸にしたら許さない・・・・言っておきながら真砂子はそんなことにはならないだろうと思っていた。

不幸になるような恋なら麻衣はあんなふうにジーンが好きだと笑えないだろう。

そして、ジーンはあんなに愛おしそうに麻衣を見ないだろう。

だからあんな風に言ったのは、それでもなお麻衣が心配だという意思表示だ。

「私も・・・・松崎さんや滝川さんのようになってしまうかしら。」

ふっと呟いてから真砂子は少しだけ苦笑した。















―― 儚い儚い恋が確かに息づいてそこに在るのが、真砂子には何故だか嬉しかった




















                                                〜 終 〜















― あとがき ―
書くほどにまとまりが無くなっていく感じですいません(汗)
真砂子と麻衣が仲いいのが好きなんです。でもってジーン×麻衣が好きなんです・・・・。